消費・身体・医療

「医療」と「消費」とは,一見,無縁であるように思えるかもしれません。しかし,現代の高度消費社会においては,医療もけっして消費と無縁ではありえません。

そもそも,「消費」とは何でしょうか。権威ある経済辞典で「消費」を引いてみると,「人間の欲望を満足させるために,財やサービスを利用したり消耗したりすること」とあります。医療は従来,「欲望」ではなく「必要」にもとづくものと考えられ,それゆえそこに市場原理を持ち込むことは適切ではない,と考えられてきました。もちろん,現代においても,健康の維持・管理に必要不可欠な医療については,健康保険制度によって適切な配分が決定されています。しかし,医療の中でこの「欲望」に基づく部分が多くなりつつあることもまた事実なのです。

歯科医療はこの点でより進んでいると言えます。審美歯科が一領域として確立していることがこの好例です。審美歯科が対象とするのは,痛みやその原因を取り除いたり,一生自分の歯で噛めるようにしたりするといった「必要」の問題ではなく,「美」という「欲望」レベルの要因です(「欲望」と言うとあまり聞こえがよくないと感じる方もいるかもしれませんが,あくまで専門的な概念として,最低限の「必要」と対立する概念だと考えてください)。

さらに,もう1つの社会の流れとして,「身体の部品化」を挙げることができます。西洋では,デカルトに端を発する身体機械論にその起源を求めることができるでしょう。また,臓器移植の根底にあるのも,この身体は置き換え可能な部品によって構成されている,という考えかたです。

この2つの流れが交わるところに審美歯科が位置づけられると考えることができます。すなわち,審美歯科においては,消費者である患者が「審美歯科の提供する医療サービスを購入し」,それによって「白く美しく輝く歯を手に入れ」,その結果「美しく若々しい自分になる」ことを求めているのだと言えます。これは,”Buying, Having, and Being”という,消費者行動の基本の一類型として見ることができます。

このような状況では,差別化を中心とする生存戦略を持つことが,医療者にも求められてきます。医療を消費の一形態としてみなすことには,まだまだ抵抗も多いのが事実ですが,好むと好まざるとに関わらず,消費社会のなみは医療,とりわけ歯科医療に,確実に押し寄せているのです。また,本稿ではとりあげませんでしたが,獣医領域ではさらにこの流れは顕著なのではないでしょうか。

参考文献

深川雅彦,畑中泰道 (2005) 「理想の身体と消費としての医療」『歯界展望』第105巻(3) pp.619-623